中尾佐助著『花と木の文化史』|書籍レビュー

中尾佐助著『花と木の文化史』の表紙

日本画において鳥とともに頻繁に描かれるのが、花や木といった植物です。
それほど植物は、日本人にとって身分の貴賤を問わず身近な存在になっています。

ところが、世界的に見ると意外なことに、庶民が園芸として植物を育てた例はそれほど多くありません。
その物珍しさは、19世紀のフランスで巻き起こったジャポニズムに影響を与えたとも考えられます。

とはいえ、日本の花や木がことごとく世界的に高い評価を受けたのかというと、そうともいえません。
現代の日本の花壇に目を転じてみると、日本在来の花はほとんど見当たらないでしょう。
花壇を飾る花々の多くは、西洋のプラントハンターたちの手によって見出されたものなのです。

現代の日本にすっかり定着している海外の花や木は、いったいどこから来たのでしょうか?
また、江戸時代以前に日本人が親しんだ花や木は、どんなものだったのでしょうか?

その答えは、中尾佐助先生の著書、『花と木の文化史』(岩波新書)のなかで明らかにされています。

現在知られている花と木の大半は東洋と西洋に由来

中尾佐助(なかお・さすけ、1916~1993)先生は著名な植物学者です。学術調査を行う目的でアジアやインドを探検しました。実は初めてブータンを旅した日本人でもあります。

そんな世界の植物に精通していた中尾先生が手掛けた著書が『花と木の文化史』(以下、本書)です。
本書は1986年に出版されると、翌1987年に毎日出版文化賞を受賞するほど高い評価を受けました。

本書の基本的な構成は以下の通りです。

Ⅰ 花はなぜ美しいか
1 花の美しさとは
――虫・鳥・人間のみた花――
2 本能的美意識と文化的美意識
3 庶民と花の文化
Ⅱ 世界の花の歴史
1 庭と花文化
2 東洋花卉園芸文化の発展
――ボタンとキク――
3 西洋花卉園芸文化の発展 その一
――ギリシアとインド――
4 西洋花卉園芸文化の発展 その二
――第二次センターの形成――
5 プラント・ハンターの時代
――全世界的な花文化の形成――
Ⅲ 日本の花の歴史
1 日本の花文化
2 江戸期の花卉園芸文化
3 花卉・庭木・盆栽の発達
4 古典園芸植物の世界
Ⅳ 「自然」の花と木と見る
――私の選んだ十景のガイド――
1 自然の花・人工の花
2 自然を訪ねる

本書では、花卉園芸文化の二大センターである、東洋と西洋を軸に話が展開されます。(「花卉」は「かき」と読みます。「卉」は草木の意味)
特に各国の植物を母国に持ち帰った、西洋のプラント・ハンターたちの功績について詳しく触れています。

ただし、西洋を含めた多くの地域において、花と木を愛でるのは身分の高い人々だけでした。
庶民が住む家の形状では、花と木を育てるのが難しかったからだと、中尾先生は本書のなかで指摘しています。

そのようななか、古くから庶民が花卉園芸に親しんでいた珍しい国が日本です。
室町時代以降、日本は中国に代わって東洋の花卉園芸文化センターとして発展していきます。
このことが、のちのジャポニズムを巻き起こす素地となります。

そのため、本書では日本が世界へ与えた影響についても触れられています。

身近な植物の多くは海外にルーツを持っていた

本書では最初に、本能的美意識(動物が持っているような美意識)と併せて、文化的美意識(ある民族のなかで形成された特殊な美意識)を人間が持っていることに触れられています。

たとえば、ヒガンバナに対して、多くの日本人は文化的美意識から「墓」を連想してしまいます。そのため、一般的に好まれる花とはいえません。
ですが、そのような文化的美意識を持たない外国人であれば、本能的美意識によって素直にヒガンバナを愛でることができます。

彼岸花

彼岸花(ヒガンバナ)。
別名を曼珠沙華(マンジュシャゲ)といいます。

そして、本能的美意識に訴えかける花や木をプラント・ハンターたちが集め、鮮やかに改良していったのが西洋です。
西洋で発達した花や木は、明治以降の日本も席巻していきました。

よくよく考えれば、日本の花屋さんで見かける植物は西洋から渡ってきたものばかりです。
筆者は昔から花の名前を覚えるのが苦手でしたが、名前が外国語に由来しているのだから覚えにくいのは当然といえば当然でした。

なお、日本の伝統的な花や木がどうなったかといえば、サクラやハナショウブといった本能的美意識に訴えかけるものは世界へと広まっていきました。

一方で、教養がなければ理解ができない文化的美意識に頼る花や木は、明治以降に衰退していきます。
価値観が多様化した昨今においては、それらの花や木が復権を果たすことはないと考えられます。

植物図鑑を片手にじっくりと読みたい良書

本書には、植物の写真や絵図があまり挿入されていません。
筆者も植物に詳しいわけではないので、本書を読み進めるなかで、知らない花や木の名前が数多く登場したと感じています。
植物学者の方が執筆した本なので、無理もないかもしれません。

そのため、本書は植物に詳しく、かつ歴史について基本的な知識がある方ほど楽しんで読み進められると考えられます。
植物のルーツや世界における花卉園芸の歴史について、得られる知識量は豊富です。
新たな切り口で園芸や歴史を楽しめるようになることでしょう。

もし植物に詳しくない方は、植物図鑑などを参考にしながら本書を読んでみることをお勧めします。
時間があるときに、実物の写真や絵図を眺めながらじっくりと読みたい良書です。

まとめ

中尾佐助著『花と木の文化史』の裏表紙

中尾佐助著『花と木の文化史』の裏表紙。

この記事では、中尾佐助先生の著書、『花と木の文化史』についてご紹介いたしました。

世界を巡りながら植物の研究を進めた中尾先生。その研究成果の一つが本書です。

専門家の目を通して花と木を眺めてみると、新たな文化的美意識が生まれるかもしれません。

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