「自分は正しい日本語を使いこなせる」と自信をもって言い切れる方はどれほどいらっしゃるでしょうか?
日本語を読み書きするというのは、案外難しいものです。
なぜなら、学校教育においては日本語の基礎の基礎を教えていないからです。
そのため、いざ文章を書いていると、言葉の使い分けなどで不安になることが少なくありません。
そこで、この記事では大野晋(おおの・すすむ、1919~2008)先生の著書、『日本語練習帳』(以下、本書)をご紹介いたします。
問題を通して日本語の基礎力を養っていく
大野晋先生は生前に学習院大学の名誉教授を務め、かつ文学博士でもあった日本語学者です。
奈良時代以前のヤマトコトバについて生涯研究しつづけていた方で、多くの著書を残しました。
日本語が南インドのタミル語の影響を受けているとした『日本語の起源 新版』(岩波新書)などでも知られています。
本記事で取り上げる『日本語練習帳』(岩波新書)は1999年に発行された新書です。約270ページほどあります。
190万部を超える大ベストセラーとなり井上靖文化賞を受賞した、大野先生の代表作といえる本です。
本書の基本的な構成は以下の通りです。
章のタイトル | 内容 | |
---|---|---|
1章 | 単語に敏感になろう | 意味と意義といった似た単語の違いを意識する |
2章 | 文法なんか嫌い――役に立つか | 外国語にはない、日本語独特のハとガの働きを知る |
3章 | 二つの心得 | 読者を威圧せず、かつ明瞭に伝わる文章を書く |
4章 | 文章の骨格 | 文章縮約と要点どりの練習で全体構成をつかむ力を養う |
5章 | 敬語の基本 | 日本社会の考え方から正しい敬語が決まることを知る |
本書の狙いは、学生や社会人が自身の日本語レベルを知り、基礎力を養う道しるべとなることです。
日本語に関する問題とその模範解答を提示していく内容となっています。
また、海外と比較した場合の日本語の特質や日本人の社会意識についても触れられています。
知識を根拠に言葉を使い分けられるようになる
どなたでも感覚に頼って日本語を使い分けています。
いちいち「この助詞が……」などとは考えません。
感覚を形づくっているのは過去に読んだ本などです。
だからこそ、良い文章を書くためには本をたくさん読むべきだといえます。
ただ、多くの本をお読みになった方であっても、自分で文章を書くときは言葉のチョイスに迷うことが少なくありません。
たとえば、以下に挙げる文の違いを明確に説明できるでしょうか?
- 私は大野です
- 私が大野です
上の文は本書に載っている例です。
英語に直すと、どちらも「I am Ohno.」と同じになってしまいます。
これは、日本語のハとガの使い分けが英語に存在しないため起こる現象です。
それでも簡単な例ですから、ほとんどの方は感覚だけで正確に使い分けられるでしょう。
しかし、ハとガの性質を根拠に挙げて説明せよと言われると、途端に難易度は跳ね上がります。
本書は、このハとガのような感覚に頼ることの多い言葉にスポットライトが当てられています。
曖昧になっている各言葉を基礎的な意味から捉え直し、それを根拠として使い分けの方法を示します。
知っているつもりでいる言葉がいかに多いか、本書から気付かされることが多いでしょう。
なお、本書の内容は他の文法に関する書籍にも見られます。
本書の影響がいかに大きかったのか、うかがい知ることができます。
言語学を通して日本人の人間関係の捉え方が分かる
大野先生の著書全般にいえるかもしれませんが、本書は専門用語が少ないため、どなたでも読みやすいと思います。
ただ、本書は単なる大衆向けの本というわけではありません。
言語学の一端に触れられるといった特徴があります。
たとえば、「あなた」と「そなた」。「あの・その・この・どの」と同じコソアド言葉です。
「あなた」には相手に対する敬意がありますが、「そなた」は相手を見下している感じを受けます。
これは、日本人が相手との距離でウチとソトを区別していて、敬意を込める相手は遠い存在、身内は近い存在と考えていたことに由来しています。
このように、本書では言語学から日本人がどのように社会を捉えていたのかについても触れられています。
なお、上に挙げた例は「敬語の基本」のなかに書かれています。
言語学を通して日本人の根本的な考え方を示し、日本語における敬語の理解に役立てています。
まとめ
この記事では、大ベストセラーになった大野晋先生の著書『日本語練習帳』を取り上げました。
本書は、学校で習わない日本語の基礎を学ぶことのできる内容となっています。
日本語の学習方針を決めることにも役立つため、これから本格的にライター業に取り組んでいきたい方にはぜひともお勧めしたい一冊です。
発行から20年以上経ちましたが、いまだに新品を購入することができます。
ご興味、ご関心のある方は、どうぞご一読ください。