増原良彦著『日本の名句・名言』|書籍レビュー

増原良彦著『日本の名句・名言』の表紙

「武士道と云は、死ぬ事と見付たり」

この言葉は、日本の名句・名言のなかでも特に人気があります。
「主君のために忠義を尽くすのだという、美しい精神の表れ」と捉える日本人が多いからです。

ところが、一般的な外国人はこの言葉が理解できないといいます。
イギリス人・フランス人からすると、上の立場にいる人間の側が「高貴なる者の義務」を果たすために戦地へ赴くべきだからです。
家臣が主君のために進んで犠牲になろうとする日本人とは、考え方がまるで違います。

このように日本人の好む名句・名言を考察してみると、日本人の特殊性が浮かび上がってくることがあります。
そのことに注目して書かれたのが、増原良彦(ますはら・よしひこ)先生の著書、『日本の名句・名言』(講談社現代新書)です。

日本の名句・名言から日本人の本質を読み解く

増原先生といえば「ひろさちや」のペンネームで有名な宗教評論家であり、宗教文化研究所所長を務めていらっしゃる方です。
仏教に関する本を多数執筆しながら、講演活動も行っています。

『日本の名句・名言』(以下、本書)は1988年に発行した新書で、ボリュームは220ページほどです。

本書の構成は、以下のようになっています。

章のタイトル 取り上げる名言・名句(一部のみ紹介)
流れとうたかた 「ゆく河の流れは絶えずして……」「祇園精舎の鐘の声……」
夢と狂 「一期一会」「御神酒あがらぬ神はない」「人間五十年……」
花と武士 「花は桜木、人は武士」「君死にたまふことなかれ」
仏と凡夫 「世間は虚仮なり……」「善人なをもて往生をとぐ……」
天と人 「天は人の上に人を造らず……」「和を以て貴しとす」
情と讎 「智に働けば角が立つ……」「古池や蛙飛びこむ水の音」
雨と薔薇 「薔薇ノ木ニ 薔薇ノ花サク……」「いのち短し 恋せよ乙女」

本書には、宗教的な言葉が多めに収録されています。
それは、「日本人とは何か」を考えるとき、日本人が信仰してきた宗教が有力な手がかりになりやすいからです。

本書の目指すところは、日本人に広く知られている名句・名言から、外国人とは異なる、日本人ならではの特殊な性質を明らかにすることです。
そのため、名句・名言を一歩引いたところから俯瞰的に考察するのが、本書のスタンスになっています。

未来の出来事を示唆するような内容が書かれている

本書の初版が刊行された1988年は、バブル景気の真っ只中でした。
日本人が皆揃って豊かになり、誰もが自信に満ち溢れていた時代です。

この時代に、10年後20年後に政治が行き詰まり、ブラック企業など多くの問題が起こることを、一体どれほどの人が予想していたでしょうか?

本書を読み進めていると、未来の出来事を示唆したような記述がいくつも見つかります。
それは、過去から現在まで変わらない日本人の性質を知ることで、その延長線上にある未来の出来事が見えるようになるからでしょう。

さらには、医者や科学者だった信者たちによって引き起こされた、某カルト教団によるテロ事件を予言するような内容まで書かれています。

2021年までに起きた出来事の多くは、ひょっとすると予想しうる範疇だったのではないでしょうか。
名句・名言を、未来に警鐘を鳴らす言葉にまで昇華させたのが本書の特徴といえるでしょう。

増原先生の鋭い洞察力に脱帽です。

軽妙な文章で飽きが来ない

増原先生は本書ののっけから、「(名句・名言の)選定は、わたしの恣意による」と公言してしまいます。
たしかに、本書を読み進めていると、酒にまつわる言葉を載せたかったから「御神酒あがらぬ神はない」を、日本を代表する美女である小野小町が歌った歌だから「花の色は移りにけりないたづらに……」を選んだ、という風に書かれています。

このように、漫談の語り口のような軽妙な文章も本書の魅力の一つです。
そのため、肩ひじ張らずに楽しく読み進めることができます。

本書には不要な忖度がありません。
だからこそ、自由に、大らかに、思うがまま、鋭い「日本人論」を展開できるのでしょう。

日本人を過度に美化せず卑下しない。
ただ、「私たち日本人は、もう少し楽に生きてもよいのではないか?」というメッセージが本書に込められているように感じました。

まとめ

増原良彦著『日本の名句・名言』の裏表紙

増原良彦著『日本の名句・名言』の裏表紙。

この記事では、増原良彦(ひろさちや)先生の著書『日本の名句・名言』について、ご紹介いたしました。

本書はありふれた名句・名言集ではなく、名句・名言を通して日本人の本質を読み解く内容になっています。

本書を読んでいただければ、日本の名句・名言について、今までとは異なる味わい方ができるようになるでしょう。
多くの方にぜひお勧めしたい一冊です。

2 COMMENTS

玄光 マーティン

私の下手な日本語をお許しください。私は日本に住んでいるアメリカ人です。30年以上、日本の仏教を修行、研究し、真言宗として、 ,,得度、灌頂を受けています。日本での生活はとても快適で、くつろいでいます。私は人生の半分以上をここで過ごし、ここで死ぬことを予期しています。文化的衰退と退廃が進んでいるように見える私の母国アメリカよりも、日本の方が自然にリラックスしてくつろげるのです。

私は15歳のときから僧侶になりたいと思っていました。一神教は邪悪であり、精神異常であると確信したのはその頃です。仏教に逃げ込む必要性を体の痛みのように感じていたのです。だから、そうした。

ロシアの大学で地政学を学び、アメリカのアイビーリーグで中国史と哲学の学位を取得した後、僧侶になる決意をしました。地政学と仏教は違うように見えますが、現実を直視する覚悟は同じです。一方、西洋の宗教や啓蒙主義以降の思想は、目的論的規範主義という誤った信念のために、現実の見方を意図的に歪めている。それが気持ち悪い。現代の日本でさえ、基本的に感染している。しかし、真言宗のお寺の奥深くでは、儀式を通して自分自身を空っぽにし、妄想を捨て、時を越えて法の器となることができるのです。なんと素晴らしいことでしょう。

増原先生のように「外国人が日本を本当に理解することはできない」という意見にはいつも関心させられます。本当でしょうか?私は日本に対して疎外感を感じてはいないが、もしかしたら、私と日本の間には壊せない壁があるのかもしれない。それは神道でもある程度感じています。仏教は世界的な宗教ですが、神道はどこか純日本的な感じがするんです。私はいろいろな神社にお参りに行きますが、そこでは「客」のような感覚を覚えます。しかし、私は何千時間もかけて神道の歴史を読んできました。面白いでしょう?

私は心から日本を愛しています。でも、もし日本が私を永久にアウトサイダーにしたいのなら、私は全く気にしません。私は日本の純粋さを深く尊敬しているので、国の中枢の外に永遠に立ち続けることも厭わないのです。私は永遠に “感謝と謙遜の客人 “であり続けるだろう。日本のコア・アイデンティティから自分を外すことで、自分の異質なエッセンスで日本を汚染することを避けるのである。それが、この素晴らしい国に対する私の最大の尊敬と感謝の表現方法なのかもしれない。
もしよろしければ、あなたのご意見をお聞かせください。また、増原先生にもこの文章を転送していただければ、先生のご意見を伺いたいと思います。彼の連絡先が見つからないのです。
敬具
玄光 マーティン 
真言宗の信者。

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ながひらコウ

コメントありがとうございます。

「外国人が日本を本当に理解することはできない」という意見は、一昔前であれば正しいと言い切れたと思います。
その理由は、日本の構成要素となっている人でなければ、日本の感覚を窺い知ることができなかったからです。

ご存じの通り、日本は国家の成立以来、一貫して独立を保ちながら独自の文化を育んできました。

たとえば、神道は日本人の祖先を祀ったり、万世一系の皇室と深く結びついたりしています。
日本の国土、自然、霊魂、そして血統と、極めて純日本的な要素は近代まで数多く残り続けました。

日本人にとっては、日本のすべてが自分自身であり、自分自身が日本の一部でもあるのです。
(もちろん個人差は相当あると思いますが……)

つまり、かつては日本人であることは日本の構成要素と同じ意味をなし、日本を理解する絶対条件といえたわけです。

しかし、近年は外国の方が日本に永住したり、ハーフの子供が増えたりしています。
反対に、日本に住んだことのない日本人も多くなってきました。

どちらのほうが日本を深く理解できるのかは、言うまでもないでしょう。

今や日本という枠組みが残っているだけで、構成要素である人間が入れ替わることは珍しくなくなってきたといえます。
マーティンさんのように、日本に住む外国の方々も、日本の構成要素となりつつあるのです。

日本の構成要素として、日本を「ソト」からではなく「ウチ」から見ることができる。
日本文化に深い関心を持ち、日本の四季を体感しながら何十年もの歳月を日本で過ごす。

そのような状況になれば、日本を本当に理解することは、決して不可能ではないと思います。

血統が日本を理解する絶対条件だと主張する意見は、現状の日本を直視しているとはいえません。
日本に対する理解の可否を、民族単位で切り分けること自体が、意味をなさなくなりつつあると私は考えます。

なお、増原先生(ひろさちや先生)のご連絡先は、私も存じ上げません。

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