「日本語は南インドの言語と繋がりがある」といわれても、にわかには信じがたいでしょう。
しかし、2つの言語を細かく紐解いていくと、驚くほどの綺麗な対応関係が見出されます。
そのため、日本語が南インドの言葉の影響を受けて成立したのではないかと考える説があります。
この記事では、上記の説を唱えた大野晋(おおの・すすむ、1919~2008)先生の著書、『日本語の起源 新版』(以下、本書)をご紹介いたします。
日本語とタミル語との対応関係を多角的に立証
大野先生は日本語学者で、生前に学習院大学の名誉教授を務めていらっしゃいました。文学博士にもなっています。
代表作である『日本語練習帳』(岩波新書)は、190万部を超える大ベストセラーとなりました。
本書『日本語の起源 新版』(岩波新書)は1994年に発行された新書で、約270ページほどあります。
大野先生ご自身が過去に発表した、日本語の起源をタミル語に求めるタミル語起源説の立証を試みる内容となっています。
人口7000万人以上を誇る、南インドのタミル人が使う言語です。ドラヴィダ語族というグループに属しています。
なお、タミル語の文法構造は日本語や朝鮮語、モンゴル語などと同じです。
本書の基本的な構成は以下の通りです。
章のタイトル | 内容 | |
---|---|---|
1章 | 同系語の存在 | 日本語とタミル語とを同系語と仮定して単語や文法等を比較 |
2章 | 対応語と物の世界 | イネやハカ等に見出された日本語とタミル語との共通点 |
3章 | 対応語と精神の世界 | アメやアワレ等の日本の精神を形成している言葉をタミル語と比較 |
4章 | 南インドの言語・文明と日本・朝鮮 | 日本語と朝鮮語がタミル語の影響を受けている可能性を指摘 |
本書の話の軸は、日本語とタミル語とが同系語であると考えるに至った過程と、その研究・証明です。
音韻(アクセント等を含めた音素のこと)・単語・文法、助詞・助動詞などの対応関係を立証し、タミル語の影響を受けて日本語が成立したと説いています。
日本語とタミル語との関係はいまだ不確定
本書の発表より前から、大野先生のタミル語起源説は多くの学者から否定されていました。
その最大の理由は、日本とタミルとの歴史的なつながりが考慮されていないという点です。
堀井令以知先生は著書『語源をつきとめる』(講談社)の中で、名指しこそ避けているものの「日本語の内部事情も弁(わきま)えないで、(中略)歴史的説明のない空想の域を出ない説」と、タミル語起源説を痛烈に批判しています。
そこで、本書では吉野ヶ里遺跡の出土品と南インドの出土品との比較、朝鮮語とタミル語との比較といった新たな研究結果を加え、タミル語起源説の正当性を訴えています。
本書の発表後、その内容は複数の言語学者らによって検証されることとなりました。
しかし、否定的な意見を覆すまでには至りませんでした。
そのため、大野先生はのちにタミル語起源説を修正し、クレオールタミル語説へと移行しています。
クレオールタミル語説とは、現在の日本語がタミル語の影響を受けているとしつつ、同系語ではないとする考え方です。
ただ、タミル語を含むドラヴィダ語と日本語との関係性を探る研究そのものは、大野先生の研究以前から存在していました。
イギリス人宣教師コールドウェルから始まり、芝烝(しば・すすむ)先生、藤原明(ふじわら・あきら)先生、江実(ごう・みのる)先生と続き、その後に大野先生は研究へ参加しています。(本書より)
また、他の言語と比較して、日本語・タミル語間における音韻や単語、文法等の対応関係が数多く成立しているのは紛れもない事実です。
日本とタミルとの間に交易等の関係が存在した可能性がある以上、大野先生の説は別に空想というわけではありません。
言語学に詳しくなくても読みやすい
本書は、専門的な用語を交えながらも、一般の読者が読んでも分かりやすい言葉で書かれています。
タミル語を「日本語と関係あり」と考えるに至った過程についても丁寧に描かれており、読者を置いてけぼりにしない配慮を感じます。
なので、本書は言語学関連の本のなかでは読みやすい部類に入るといえます。
大野先生の長年にわたる研究成果を凝縮した内容となっているため、読み応えも十分にあります。
ただし、本書を読み始めた直後は、突然登場するタミル語との比較検証に違和感を覚えるかもしれません。
その理由は、本書のタイトルが「日本語の起源」であり、タイトル中に「タミル語」という単語が入っていないためでしょう。
したがって、本書の目的はあくまで日本語とタミル語との関係性を立証することだと知ったうえで、読み始めるようにしてください。
そうすれば、抵抗なく最後まで読み進められるはずです。
まとめ
この記事では、大野晋先生の著書『日本語の起源 新版』について、ご紹介いたしました。
本書は、同系語を特定するための研究過程が分かる内容となっています。
インターネットでも販売されているので、興味のある方はぜひ手に取ってみてください。